この記事では、これまで様々な科学者や哲学者が考えてきた数々の思考実験について、タイプ別に12種類ご紹介します。
思考実験には明確な答えがあるわけではありません。ぜひあなたも自由に思考を巡らせてみてください。
はじめに - そもそも思考実験とは? -
思考実験とはその名の通り"思考による実験"、つまり頭の中で考えるだけの実験です。
思考実験は、ある問題の本質を解き明かそうとする際に倫理的や物理的な要因によって現実世界での実験が行えない場合や、実験の前提条件を単純化または理想化したい場合に重宝します。
思考実験について本格的に知りたいという場合は、下記記事でおすすめの本をまとめていますので、そちらも併せてご覧ください。
「命」に関する思考実験
1.トロッコ問題
トロッコ問題とはイギリスの哲学者フィリッパ・フットが提起した最も有名な思考実験の一つです。「これからの正義の話をしよう」の作者マイケル・サンデルが取り上げたことでも有名ですね。
【実験内容】
ある1台のトロッコが制御不能になり暴走状態となった。そしてトロッコの線路は先で2つに分岐している。一方には5人の作業者がおり、もう一方には1人の作業者がいる。今のままではトロッコは5人の作業者がいる方向に進み、避ける間もなく5人の作業者は轢き殺されてしまう。この時あなたはたまたま線路の行き先を変える分岐器(スイッチ)の前にいるとする。さて、あなたは進路を切り替えるべきだろうか?
2.ザ・バイオリニスト
こちらはアメリカの哲学者ジュディス・ジャービス・トムソンが提起した思考実験です。この思考実験では登場人物としてバイオリン奏者が登場しますが、これは中絶問題の比喩であると言われています。ぜひバイオリン奏者を胎児に置き換えて思考してみてください。
【実験内容】
世界的なバイオリン奏者が重病にかかり昏睡状態となった。その治療法はただ一つ。それはあなたとバイオリン奏者の体を9ヶ月間接続すること。なお接続するのはあなたの体でなければならず、たとえ他の人間の体をつないでもバイオリン奏者を治すことはできない。そしてあなたはバイオリン奏者の狂信的なファンに襲われ、強制的にバイオリン奏者と体をつながれてしまった。気がついたあなたはすぐに接続を振りほどこうとするが、接続を解けばバイオリン奏者は死に至るという。さて、あなたは接続を解くべきだろうか。そして仮に接続を解いた場合、それは殺人となってしまうのだろうか。
「自分とは何か」に関する思考実験
3.スワンプマン
こちらはアメリカの哲学者ドナルド・デイヴィットソンが考案した思考実験です。こちらも有名な思考実験ですね。自分と言う存在は見た目や思考といった外的や内的な要因だけでなく来歴にも依存するのではないかということを考える実験です。
【実験内容】
ある男がハイキング中、沼のそばで突然雷に打たれて死亡する。その時、同時にもう一つ別の雷が沼へと落ちた。この落雷は沼の汚泥と化学反応を引き起こし、死んだ男と同一同質形状の生成物を生み出した。この新たにできた生成物のことをスワンプマン(泥男)と言い、スワンプマンは見かけも脳の状態も完全なるコピーであるため、記憶や知識といった内的な面も全く同一であるように見える。さて、このとき新たに生まれたスワンプマンは果たして死んだ男と同一人物だと言えるだろうか。それとも別人だと言えるだろうか。
4.テセウスの船
こちらはローマ帝国時代のギリシア人著述家プルタルコスが唱えた一つのパラドックスです。 ある物体のすべての部品が置き換えられたとき、それは同じであると言えるのかという問題です。
【実験内容】
テセウスがアテネの若者たちとクレタ島から帰還した船には30本の櫂(オール)があり、アテネの人々はこれを古い時代から保存していた。そのため朽ちた木材は新たな木材に置き換えられていっていた。 さて、このとき新たな木材に置き換えられた櫂は置き換える前の櫂と同一であると言えるだろうか。また、置き換えられた古い木材で、別の物体を作ったときそれは櫂だとは言えないだろうか。
5.経験機械
こちらはアメリカの哲学者ロバート・ノージックが著書「アナーキー・国家・ユートピア」の中で提唱した思考実験です。実体験を伴わない感覚のみの経験を果たして経験と言えるのだろうかということを考えるものです。
【実験内容】
ここに脳に電極を差し込むことによって、あなたが望むあらゆる体験を仮想的に経験できる機械がある。この機会による副作用はなく、機械につながれているときも、機会につながれていないときと同じ健康状態が保たれる。さて、このような機会があった場合、あなたはつながれてみたいと思うだろうか。
「認知」に関する思考実験
6.箱の中のカブトムシ
こちらはオーストリア出身の哲学者ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが提唱した思考実験です。 彼はこの思考実験によって本当の意味で他人の感覚を理解することの難しさを提起しています。
【実験内容】
各人に1つずつ箱を持っており、その箱の中にはカブトムシが入っていると仮定する。誰もが箱の中に入っているものをカブトムシと呼んでいるが、他人の箱の中身を覗くことはできず、自分がカブトムシと呼んでいるそれと、皆がカブトムシと呼んでいるそれが同じものであることを確認する術はない。さて、このとき他者の持つ箱の中に入っている存在がカブトムシであると果たして言えるだろうか。
7.哲学的ゾンビ
これはオーストラリアの哲学者デイヴィッド・チャーマーズによって提起された思考実験です。 他人の主観的体験は証明しようがないという問題を提起するものです。
【実験内容】
哲学的ゾンビとは外面の行動だけ見ていては、一見すると普通の人間と区別できないゾンビのことを言う。このゾンビは普通の人間と見かけ上同じ振る舞いをするが、その実、主体的な経験はしておらず、ただ機械的に人間のように振る舞っているだけの存在である。さて、このときあなたは他者が哲学的ゾンビかどうか見分けることができるだろうか。
8.水槽の脳
これはアメリカの哲学者ヒラリー・パトナムが提起した思考実験です。正しい知識とは何か、意識とは何かを問う思考実験となります。
【実験内容】
科学者がある人から脳だけを取り出し、特殊な培養液で満たされた水槽に取り出した脳を入れる。その脳の神経細胞を電極につなぎ電気信号を与えることで、脳内では通常の人と同じような意識が生じ、現実と一切変わらない仮想現実が生み出されるとする。さて、このとき今あなたが感じている世界は、上記のように水槽の中の脳が見せられている仮想現実ではないと明確に否定できるだろうか。
9.砂山のパラドックス
砂山のパラドックスは古代ギリシャの哲学者エウブリデスが作ったとされる、ハゲ頭のパラドックスに帰します。定義の曖昧性に関して考えるための思考実験です。
【実験内容】
ここに膨大な数の砂粒からできている砂山がある。この砂山から一粒の砂を取り出しても依然として砂山のままである。砂山から一粒の砂を取り出す操作を繰り返したとき、最終的には砂山が砂一粒のみとなってしまう。さて、このとき一粒の砂になってしまったそれを果たして砂山と言えるだろうか。
「幸福とは何か」に関する思考実験
10.功利の怪物
こちらは最大多数の最大幸福を善しとする功利主義について、その限界を示すための思考実験です。つまり世界全体でより大きな幸せを得ることが世界のためになるという考えの限界を指摘するものとなります。
【実験内容】
とある科学者が、同じ経験から普通の人の1000倍もの幸福を感じる存在(功利の怪物)を生み出した。そうした場合、功利主義に基づくと全ての物事を功利の怪物に与えたほうが世界にとって善いことだと考えられる。さて、これは本当に世界にとって幸福なことなのだろうか。
11.便器のクモ
こちらはアメリカの哲学者トマス・ネーゲルが提起した思考実験です。ネーゲルの原体験をもとに人生の意味と幸せの尺度について問いかけます。
【実験内容】
ある日ネーゲルは学校のトイレで1匹のクモに遭遇した。クモは便器に住んでおり、とても人生を謳歌しているようには見えなかった。そこでネーゲルはクモを助け出そうと、便器の外にクモを出してあげました。しかし数日後ネーゲルは息絶えたクモを発見しました。息絶えたクモは掃除されるまで、床に放置され続けました。さて、このときネーゲルが取った行為は正しい行いだったのでしょうか。またクモにとって便器の中と外の世界どちらが幸せだったのでしょうか。
12.幸福感操作薬
こちらは日本の哲学者 森岡正博が行った思考実験です。他者から強制的に与えられた幸福は果たして本当に幸福なのかを問う実験となります。
【実験内容】
ここに副作用のない完全な幸福薬がある。この薬を飲むと、たとえどのような経験をしようとも2~3日のあいだ幸福感で満たされる。ある日、ある親子が道を歩いていた。そのとき突然、暴走した車が突っ込んできて、子供を轢き殺してしまった。駆けつけた救急隊がパニック状態の親に完全幸福薬を飲ませた。親の心はすぐに幸福感に包まれ、にこやかな表情となった。さて、このとき親は本当に幸福だと言えるのだろうか。
おわりに
以上、様々な思考実験をタイプ別に12個紹介しましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?普段の生活の中では絶対に考えることがない内容ばかりだったかと思います。
内容は問わず考えることが賢くなるための第一歩ですので、これをきっかけにもっと思考を深めていただければと思います。
繰り返しになりますが、思考実験には明確な答えというものはありません。ぜひこれからも自由に思考を巡らせてみてください。
もっと思考実験を知りたいという方はぜひこちらもどうぞ!